2018.10.4 島根県埋蔵調査文化センターや、鹿島歴史資料館から考える

2018.10.4

山陰遺跡ネットワーク研修 
 島根県埋蔵調査文化センター
笠岡市市議お出迎え
 鹿島歴史資料館
佐太神社
市役所で、要望書作成
協議
ニューオーリンズフェスタ実行委員会
事務所で文書作成


昨日は、色々と仕事をしてから

朝、
 
遺跡ネットワークへの研修で、

打出町の
島根県の埋蔵文化調査センターへ

出雲王朝があった!
知られざる文化財が、こんなに出雲松江にあったとは!
書ききれないので、ぜひ皆様、
島根県の埋蔵文化調査センターへ。


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あの、日本古代史を大きく変えた

(変えたはずだが、訂正されていない)

あまりに衝撃的なー

加茂岩倉遺跡の、銅鐸、の発掘現場写真。がありました。


日本で最多、というより

それまで日本全国で出土した全ての

銅鐸、銅剣を合わせたものよりも

多いものが、1箇所から出たという 

歴史的発見!

加茂岩倉遺跡の発掘状況の写真です。

実は、出雲王朝は、なかったという話が、それまでまことしやかに日本を席巻していたのです。

この発見でくつがえり、
ーなぜならそれまで、

「銅剣銅鐸などが殆ど発見されていなかったから、出雲王朝はなかったという説が流布されていたのですが、全く間違いだということがわかり」

発見され、「出雲王朝は、あった、」のです。

でも、その後、
古代神話から連なる、
出雲王朝の史的検証は、まだされていません。
まだどう位置づけていいか、
わからないのかもしれません。

なかったことにして研究されてこなかったのですから。
 こういうことかもしれない
今から考えると、

第二次大戦後、占領軍は、

日本神話   を 禁止しました。

その、神話に当たる古事記の3分の2を占めるとも言える

出雲王朝とその神話。

それを否定する説は、

戦後の日本支配と精神変更政策を考えた

であろう敵国の人々にとっては、非常に

都合が良かったのでしょう。

戦後の日本人論

あの頃の出雲王朝否定説の
メディアの取り上げかたや

熱狂ぶり、喧伝のしかたは異常でしたから。


戦後の莫大な費用をかけた日本人論 ブームも

「誇りを取り戻したく、日本人論を渇望していた日本人」への、

大きな政治的思惑があった、

今となっては考えるのが妥当でしょう。
ーーーーー

私が、あの頃の、
人種差別が当然のような占領国の
政治家や謀略組織だったら

敵である日本の強みである共同体的精神を、そして

その根源である伝統や神話をまず、壊しにかかるでしょうからね。

そして、日本の全てを

それまで植民地化していた

中国や朝鮮半島からの由来のものとする、

と都合が良いですね。

ーーーでも、そうじゃない、ということを

遺跡は証明していると私には思えます。

文化や文明はつねに往来するものですから、

どれが高いとか低いとかではないのです、

と私は文化人類学で習いました。
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縄文文化の位置付けは?

そして
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日本の縄文文化は、

世界の最古の最大の文明だったと

思えてなりません。

縄文文化の位置付けも

まだ国際的に確立されていません。

それはなぜでしょう?
ーーーーー
また

縄文時代の世界各地の火山噴火や 

縄文海進は

突如なぜ起こったのか。

なぜ急に海面が何メートルも上がったりするのか。

彗星は?

月は?

ポールシフトは?

太陽フレアは?

なぜ人間の体内時計は、1日が25時間なのに

今の地球は、1日が24時間なのか?

ーーーーー多くの謎を、ひっそりと

出土品は、語っているのかもしれません。


悠久の時と、生きている地球に思いを寄せる、そんな時間でした。


明日をいい日に❣️

by mai-kitani | 2018-10-05 09:16 | 歴史、遺跡