2013.9.5 (4)憲法 権利は憲法で規定する?その問題、義務の書き込みも、検討 

(続く)
国民の権利を憲法に書き込んでいくことは
日本の国状にあっているのか?

憲法について考えてみています

自民党の憲法素案で
「国民の権利」を憲法に書き込んでいく(一つずつ)
という案がもちあがっています

それが非常に問題だと言われています

なぜ 問題なのでしょうか?
一見したところ、あまり問題ではないようなのですが・・・・

権利とは
実は、憲法で問題になる 人々の権利 とは

「自然権」

といって、人が生まれながらに持っている
「生存権」等の 話になります
ではなぜ、書き込みが問題?

「ひとつずつ書き込む」ということは
「自然」の権利ではなく
「憲法由来の 権利」
ということになります

すなわち、政府や議会に都合の悪い権利は
なかなか書き込まれないでしょうし

憲法に書き込まれていない権利は、
権利と認められにくくなるでしょう
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公害病訴訟
公害病や薬害エイズでも
人々の健康や安全が政府と対立したときがあります。

そんなときに日本では、
どうしたかというと、裁判です

裁判の結果、
国に賠償命令がでたりしているのです
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政府に権利書き込みの憲法改正を任せておけば(どんなときでも)
政府に都合の良い権利しか書き込まなくなります
それでは、なかなか新しい権利は
(日照権や その他の 社会権)
認められにくくなるでしょう

なにしろ、
違憲判決が出せなくなるのですから
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すなわち
憲法に権利の細かい書き込みを主張する人は
便利になると訴えますが、

多分、それは反対で、
日本のような法体系の国では
国民の権利を詳しく書き込むことで、
国民の権利が守りにくくなる
可能性が高いです
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戦後、
何回も
人々と政府が対立する深刻な案件があり、
司法判断が必要だと
されています

司法の手が届かなくしてはならないのです
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公権力のこわさを
中世までに人々は知りました

近代思想は、自然権という立場を取っています
それが人民主権ー民主主義 の根幹をなします

日本社会の仕組みで
国民の権利を憲法に書き込むことは
近代思想から外れることになります

 (功利主義のベッサムは、
自然権と異なり
権利を書き込んでいく成文法を根拠とする
権利を主張したけど
社会がめまぐるしく変わることを彼は予想していない
し、
深刻な政府と人々の対立における
各国の司法と行政の関係の多様さについても
考慮していない)

日本の議会は、
その仕組みの中に社会課題を常にキャッチアップして成文化、立法できる
仕組みが入っていない。
弁護士や社会課題の最先端を行く専門家の
立法関与が保証されていないからです

昔からの法律の見直しもまだまだですから

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日本の現実からすれば
大変なことになる可能性があります




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こういうことを分かっていて
書き込みを入れたいという強い要望が
政党からでてくるということ自体

日本社会には、政府(誰か権力者の)暴走を許してしまいかねない
脆弱さがあるということですね
by mai-kitani | 2013-09-06 09:12 | 政治を想う

あしたも元気!「きたにまい」の想い 本音の日々をつづります。


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